第39回ボードレール研究会

  • 共催 : 大阪大学フランス文学研究室
  • 場所 : 大阪大学 文学研究科 中庭会議室
  • 日時 : 2019年 12月 28日(土) 14時00分〜17時00分

 

著書紹介要旨:「新著『ボードレールの自己演出−−『悪の花』における女と彫刻と自意識』について」小倉康寛(一橋大学特別研究員)

  福永武彦、モソップ、リヒターらは『悪の花』に一つのまとまりがあることを指摘してきた。しかし、そうであるとするならば、全体から数篇の詩を抜き出して分析することは、身体を解剖することにも似ている。手術は成功したが患者は死亡した」という言葉と同じで、詩集という有機体の活動を停止させるおそれはないだろうか。詩集を壊さずに内部を透視するにあたって、医者のエコー検査にも似た手法を考案したかった−−。 本発表ではこのように、拙著の「裏設定」とでも言うべきものを報告した。拙著の構成は、イメージで言えば、第一部と第二部が「エコーの検査液」を精製する準備段階である。第一部が論点を提起し、その有効性を確認する。第二部が留意するべき点を美術史的に練磨する。第三部は、分析対象であるところの詩集に、「検査液」を流し込む。「水」は複雑な構造物を駆け回り、浸透し、詩集の「五臓」を内側から発光させるだろう。 発表では前提となる生成研究の根拠もまとめた。『ボードレールのアトリエ』は資料を網羅的に収録している。資料を見渡せば『第二版』のみならず、プレオリジナル版から『初版』の成立までに、詩人の成長と葛藤に重なるドラマがあることに気がつく。これが拙著の第三部の方向を決めている。これを踏まえて、各詩群の分析も表で紹介した。さらに読解の際に、主観を排除した上で、詩人の意図した物語を抽出する手法もまとめた。 最後に質疑応答を通じて、『悪の花』関連の詩篇のありえたかもしれない配置に触れた。ボードレール自身が確定した配列を考察することは基本である。だが、ありえたものを考えると、彼の自意識が詩集で「生きて」おり、蠢き続けていることが実感できる。150篇の詩の配列は、150の階乗通りある。莫大ではあるが自然数である。AIで解析できるのではないか。将来の可能性を積極的に提起した。

発表要旨:「ボードレールにおける不可能な救済――憂愁の詩学と現在の記憶」佐々木稔(愛知学院大学非常勤など)

ボードレールの「現代性」(modernité)の理論は、芸術の半分を「一時的なもの」、残りの半分を「永遠的なもの」とするものとして知られている。この理論において、「一時的な要素」は、「芸術家にとっての現代」を指しているという点で、スタンダールの流れを汲む相対的な歴史観を基底としている。では、もう一方の「永遠的なもの」はどのように理解すべきであろうか。芸術が永遠的な性格を備えることを彼は「現代的なもの(modernité)が古代的なもの(antiquité)となる」と表現しているが、これはどのような事態を指しているのであろうか。それは、画家が観察した対象を単に模倣するのではなく、自らの記憶に基づいて「不可思議な美」を引き出すことによって可能となる。ボードレールはこれを「現在の記憶」と呼ぶ。画家自身の精神の働きによって美が抽出されているからこそ、異なる時代の鑑賞者であっても作品中に刻印された「現在の記憶」を想像力で再構成することで、作品の提示する「不可思議な美」を理解することが可能となる。これをイヴ・ボヌフォワに倣って「普遍的な読解可能性」(intelligibilité universelle)と呼ぶとすれば、この普遍主義への道を開いたところに、ボードレールの現在性の独自性があったと言える。ところで、「現在の記憶」という表現は、画家が「現在を既に過去のものとして把握している」ことを示している。これを「過去としての現在」と呼ぶこともできるだろう。実はこの時間構造は近代的な精神の在り様としての「憂愁」(spleen)の時間感覚に通底するものである。このことを示すのが『悪の華』第二版に収められた韻文詩「時計」« L’Horloge »である。「冷厳な神」である〈時計〉が告げるのは、〈今〉が片時も現存することなく、瞬時のうちに〈かつて〉になるという時間感覚である。ここから来る実存の不安は、「神の不在」が繰り返し文学的な主題となる19世紀には著しく切迫したものとなっていた。こうした時代にあって、詩人は実存の救済の可能性を芸術に求める。ところが、芸術的営為によって全ての時間を掬い取ることは不可能であり、救済は一時的かつ断片的なものに過ぎない。〈時計〉は、何もかもが「もう遅すぎる」ことを残酷にも宣言する。こうした救済の不可能性は、ボードレール自身の記憶論と背馳するように見える。『赤裸の心』には、一度存在した観念や形式は永久に消去不能であるという「記憶の不滅」の理論が読まれるからである。救済の不可能性と記憶の不滅性とはどのようにして折り合うのであろうか。解決の糸口を与えてくれるのが「忘却」である。〈今〉は一瞬で過ぎ去るが、存在した観念や作品は不滅であるため常に現存していて、消え去ることはない。それらはただ忘れ去られているだけである。ここで、「現在の記憶」の喚起が芸術制作の要件であったことを思い起こすならば、時の移ろいと忘却はむしろ創造の前提条件となる。この意味で、近代的な時間感覚は確かに芸術的営為の条件となるが、それは同時に精神を蝕むものでもある。近代の芸術家は「現在の記憶」による救済と不可分のものとして、精神的様態としての近代的憂愁を抱え込むこととなったのである。

発表要旨:「ボードレールとオーギュスト・バルビエ」清水まさ志(宮崎大学准教授)

 シャルル・ボードレールは、オーギュスト・バルビエについて「オーギュスト・バルビエ」(「幻想派評論」、1861)を残しているが、ボードレールがバルビエから受けた影響に関してボードレール研究においてあまり取り上げられていない。本発表は、ボードレールのバルビエに対する評価を今一度検証し、特に1851年に「冥府」の総題で発表された詩篇との関係でとらえ直すことを目的とする。

1861年の「オーギュスト・バルビエ」において、ボードレールはバルビエを否定的に評価するが、1851年においてはむしろバルビエに対するボードレールの評価は肯定的な側面が強かった。その経緯を考察すると、1851年の時点においては、バルビエを七月革命おいて公衆と芸術家が呼応した格好の事例として肯定的に評価していたが、1861年の時点では、バルビエは公衆に気に入られようとして詩句の完成度を蔑ろにした結果、その時代にとらわれた芸術家として否定的な評価を下したと考えられる。

ボードレールがバルビエから受けた影響として、まずバルビエの美術批評家としての視点が挙げられる。例えば、バルビエの『イル・ピアント』は詩の形で表された美術批評的側面が強く、特にそこに含まれる「カンポ・サント」はピサの「カンポ・サント」の壁画「死の勝利」の美術批評とみなされる。それゆえ、その詩に影響を受けたボードレールの「無能な修道僧」は、バルビエの美術批評的視線を十分意識していると考えられる。

また「スプリーン」の観点でも影響を受けていると考えられる。バルビエの『ラザロ』に含まれる「スプリーン」は、ヨーロッパの「北方」の近代都市ロンドンのスプリーンを描き出す。ボードレールは、ロンドンと同じく「北方」の気候風土に属し、そしてロンドンに劣らない近代都市であるパリの生活がもたらす倦怠をスプリーンとして描き出そうとしたと考えられる。1851年に「冥府」の総題で発表した際に最初に置かれた詩篇「スプリーン」は、『悪の華』においても四つの「スプリーン」詩篇の最初に置かれ、まさに気候風土と都市生活という二重の観点で舞台が設定され、屋外から室内へと読者を導いていく象徴的な詩である。

一方において、ボードレールとバルビエは、理想を追い求める態度において決定的に袂を分かつ。ボードレールは「芸術家の死」において、死をもってしても超自然的な理想を追求しようとする態度を鮮明にするが、バルビエは「誘惑」において描くように、超自然的な光景を見せるサタンの誘惑を退け、信仰心に従いこの世の運命に甘んじることを選ぶからである。

バルビエの詩を読むとき、死や倦怠の主題、さらに美術批評的な観点においてボードレールに与えた影響は蔑ろにできないと考えられるが、しかし公衆と芸術家の関係の観点、詩の目的と完成度の観点、そして理想を追い求める態度においてボードレールとバルビエは決定的に異なり、バルビエと比較することでボードレールのそうした観点の主張が明確に浮き彫りにされる。